伝えたい「蔵」の記憶(445)20万都市へ伸びゆく釧路
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2023.4.10
釧路市統合年表によると、昭和45年2月27日雄別炭砿の雄別・尺別・上茶路の3山が企業ぐるみで閉山する。11月、太平洋炭砿は「機構改革(太平洋興発と太平洋炭砿の分離)で従業員数を縮小し、機械採炭が定着」と記述され、釧路の発展を支えた基幹産業の厳しい状況を記録しています。
この中で昭和46年の釧路市勢要覧は人口動態について「20万都市へ伸びゆく釧路」と豪語。市制施行・大正11年当時の人口4万2673人から、市の発展と共に年を追って増加の一途をたどっています。…昭和45年の国勢調査による人口は19万1536人で昭和40年より1万7843人増加となって道内市部で第4位です。また、年齢別構成をみると生産年齢人口(15歳~64歳)は69.8%を占め、釧路市の産業発展にとって大きな原動力となっています。「釧路市の人口は道東地域の20万都市にあと一歩と云うところです」(市勢要覧)と20万都市への願望を強調しています。

写真は、人口ピラミッドと呼ばれる、昭和46年市勢要覧に掲載された釧路市の年齢別人口構成(昭和40年、45年国勢調査)です。男女別に年齢ごとに人口を表わしたグラフです。生産年齢と云われる15歳から64歳の人口は、69.8%を占め、中でも男性は15歳から19歳、女性は20歳から25歳が最も多く、次いで男性の20歳から25歳、女性の15歳から19歳が占め、漁業、石炭、紙パルプの生産活動の活況の中核を若者の活力が担っています。
ところが、昭和45年11月5日の釧路新聞は、社会増の鈍化を示し、「待望の20万突破ムリ」とも報道しています。20万都市へ伸びゆく釧路市は、活力ある発展を邁進する釧路の記憶です。




