その他 蔵の記憶
公開:2026/03/14 更新:2026/04/24

伝えたい「蔵」の記憶(401)丸三鶴屋のハィイレブン謝恩セール

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2022.1.10

 昭和40年代の日本経済は、昭和40年を底として昭和45年頃まで「いざなぎ景気」を謳歌し市民生活にゆとりが見られ、小売業界では、セルフサービス、低価格、大量販売のスーパーマーケットの躍進、店員が対応する対面販売を強みとして高価格と品質を強化する百貨店の販売戦略に変化が見られます。

丸三鶴屋の広告

 写真は、丸三鶴屋の新館が増築されて店舗面積が大きくなった昭和43年11月5日の釧路新聞に掲載された、新館地階のセルフサービスの販売を取り入れ、顧客の食卓を結ぶファミリーマートのマート情報と全国11大デパートを直結した共同大量仕入れ網ハィイレブン誕生6周年記念特別大奉仕謝恩セールを宣伝する丸三鶴屋の先進的な商品情報で、大量仕入れならこんなに安くなると謳い、昭和40年代の日本の流通業界の変化を伝える広告です。

 昭和40年代の流通業界は、昭和32年大阪千林駅前に1号店が開店したダイエーの売上が昭和43年に高島屋と並び、昭和47年には三越を上回り小売業第一位の売り上げとなり、流通革命と呼ばれて流通業界の変換期を迎えます。

 ハィイレブンは、伊勢丹を中心に藤崎、名鉄百貨店等グループの十一店会を母体として立ち上げ、共同大量仕入れを実践し品質、価格がオリジナルの商品ブランドで、対面販売を強みとする百貨店のスーパーへの対抗戦略商品です。廉価で良品のハィイレブンは、豊かな市民生活を提案する丸三鶴屋の戦略商品となります。

 丸三鶴屋のハィイレブン謝恩セールは、スーパーの躍進に対応する百貨店の記憶を伝えます。

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