伝えたい「蔵」の記憶(352)鶴ケ岱公園のプール開き
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2020.9.28
昭和36年7月の釧路市民は、釧路江南高校が北北海道代表として釧根地区初の甲子園出場を果たし大興奮しましたが、市内小中学校の夏休みが始まる7月26日の鶴ケ岱公園に屋外プールが完成し小中学生を大いに興奮させた様です。
鶴ケ岱公園は、大正15年茂尻矢公園予定地としてひょうたん池の造成が行われました。昭和12年には公園の設計が行われたものの、戦争の為に着工しませんでしたが、同25年5月に開園します。遊具や、ひょうたん池の夏のボート、冬のスケートなどが多くの市民を楽しませ、憩いの場でした。

写真は、当時の鶴ケ岱公園を象徴していた釧路市立郷土博物館です、ヒグマ、アザラシ、オジロワシ、キツネ、タヌキなど小動物園を併設し市民を喜ばせています。
そして「きょうプール開き・午前8時半、脱衣場も完成」と昭和36年7月26日付け釧路新聞が報道しています。「プールの長さは25m、水は鶴ケ岱浄水場からの水道水を入れ、ひょうたん池に排水する」と設備の概要を説明し、「夏休みに間に合せる為に工事を急いだ」などを伝えています。
翌日7月27日付け釧路新聞のプール開きの記事は、悪天候の中、雨にも負けずプールに飛び込む子供達の写真を掲載しています。ちなみに、当日の気温は最高気温21.4度、最低気温17.1度を記録しています。海、川、湖へ飛び込む子供達の事故の心配から計画されたプールは、「連日満員で泳ぐ事が出来ない位」と戦後四十年史(釧路新聞)が記述しています。
鶴ケ岱公園のプールは、短い夏を楽しむ子供達の歓喜の声が溢れ、市民生活に潤いを与え、多くの市民の思い出を創ります。




