その他 蔵の記憶
公開:2026/03/12 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(337)丸三鶴屋の広告

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2020.5.18

 戦後の市民生活は、昭和30年代に入り国内経済の成長により徐々に良くなり生活に余裕が出始めます。テレビ、洗濯機、電気釜を三種の神器と呼んだ家電ブームや、生活に余裕が出て余暇に関心が高まるレジャーブームが流行語となり、自分が自由に使える時間に関心が高まり市民生活に変化が見えます。 

丸三鶴屋の広告

 写真は、釧路の初夏を迎えた昭和36年6月11日の釧路新聞に掲載された市民生活の変化を感じさせる丸三鶴屋の広告です。若者に楽しい休日のオシャレを提案する、ホリデー・ファッション特集として、余暇にリラックスして気軽に着る服の「レジャーウェア」を紹介しています。広告のデザインは、爽やかな休日を楽しんでいるポロシャツの若い男女のイラストを採用し、ヤングに斬新なデザインのイギリスの文化を伝えるポロシャツのおしゃれを提案する、新鮮な情報があふれています。

 商品の紹介では、澄みきった空気、楽しい休日、おしゃれ、若さあふれるなど商品の機能よりもイメージを強調しています。若者のおしゃれは、昭和31年の流行語に太陽族が登場し、その後、カミナリ族、六本木族などが話題を呼び若者のファッションが急成長し新鮮な情報が若者を魅了します。

 市民生活を支えた百貨店の広告は、戦後の物不足時代には商品入荷情報を、物不足が解消されると豊富な品揃え情報を発信し、それぞれの時代の市民生活を反映させる生活情報を提供します。

 丸三鶴屋の広告は、生活に余裕が生まれ、価格と同時に商品情報を要求する消費動向の変化を伝えています。

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