その他 蔵の記憶
公開:2026/03/11 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(313)純喫茶「琥珀」

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2019.10.14

 釧路市民の繁華街末広町は、昭和30年代に入ると復興期から躍進する繁華街として戦前をしのぐにぎわいで、飲食店街にも新しい文化を感じさせています。戦前の末広町のにぎわいは、芝居、料亭、カフェーでしたが、戦後は、映画、料亭、キャバレー、バー、パチンコ店と欧米の文化影響を感じさせるにぎわいの街並が市民生活に潤いと活力を与えています。

 繁華街末広町に新しい時代の文化を感じさせたのが、特に喫茶店です。喫茶店は、戦時統制時代に贅沢品に指定されコーヒー豆の輸入停止より休業状態でしたが、戦後厳しい状況で営業を再開し、コーヒー豆の輸入再開より喫茶店文化の時代を迎え、酒類を扱わないコーヒー、紅茶などの飲み物や軽食を出す飲食店の「純喫茶」は生活の潤いの場として人気を集めます。

純喫茶「琥珀」

 写真は、末広町4丁目の珈琲と名曲の純喫茶「琥珀」の看板が見える光景です。昭和31年頃の喫茶店は、絵画、写真などの展覧会が開催され、市民の憩いの場ですが、コヒーとジュースの「クロンボ」コヒーと名曲の「ポルカ」「ロダン」「エデン」、ピアノ喫茶の「花馬車」、創られた味とLP名曲の「りりー」、純喫茶の「プリンス」「ブラジル」などが新聞広告で喫茶店の特色をうたっています。純喫茶は、末広町の街並みに西洋文化の香りを伝えるコーヒーの香りと名曲、展覧会を楽しむ文化の息吹と活力を与えています。

 コーヒーの香りの漂う純喫茶と呼ばれた喫茶店での語らいは、復興を体験した釧路市民に躍進釧路の新鮮な文化を実感させ、楽しい夢を育んだ記憶を伝えています。

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