その他 蔵の記憶
公開:2026/03/11 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(308)市民運動会

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2019.9.2

 釧路の運動会は、他にあまり例を見ないほど、昔から人がよく集まったと釧路市史に記述されていますが、代表的な運動会が市民運動です。大正4年6月第1回「釧路町官民連合運動会」が始まり、昭和5年の第15回目から「市民運動会」へ名称を変更して戦前戦後の釧路市民が最も楽しみにしていました行事です。

 昭和20年代末まで、市民運動会に出かけると、一年の挨拶が一度に出来る、と言われるほど「全市から人々が集まった」と釧路市史に記述しています。市民運動会は、楽しさが街中に溢れる釧路挙げてのレクリエーションとして子供から大人までわくわくしながら開催を楽しみにしていました。

第38回市民運動会

 写真は、昭和30年に開催された第38回市民運動会の会場の光景です。会場から溢れる様な大観衆が見ているのは、釧路劇場提供の総天然映画「楊貴妃」の宣伝仮装です。市民運動会の仮装行列は、団体、商店街、会社が工夫を凝らして観客を驚かせ、感動を与える出し物が相次ぎ登場します。

 昭和33年の市民運動会の記録では、トラック、フィルド競技は91種目、47団体と千人の選手が参加し、さらに仮装と応援団コンクールを実施しています。純白の洋服で天使をイメージした子供達のダンスと2階3階建ての木の櫓で繰り広げる応援合戦が、仮装行列と並び人気を博しています。市民運動会開催を告げる早朝の花火の音は、全市民を笑顔にし、混雑する会場で家族揃って観戦する競技の興奮と感動。釧路市民には特別な一日でした。

 北大通り商店街も休業する市民運動会は、釧路市民の笑顔と活力の記憶を伝えます。

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