伝えたい「蔵」の記憶(304)釧路人は映画好き
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2019.8.5
昭和30年代の釧路の中心市街地は、百貨店丸三鶴屋を中核店舗として丸ト北村呉服店、平和市場などの商店が軒を並べる北大通り商店街で買物に歩く人と、飲食店、遊技場、映画館などが競うように並ぶ末広町で楽しむ人達で昼夜活気に溢れていました。
賑わいの要因の一つは末広町の映画館街です。昭和32年の釧路の映画館を新聞広告で見ると11館あり、釧路劇場、オデオン座、東映、東宝劇場、セントラル劇場などの映画劇場が末広町3、4丁目に集中していますが、南大通り、駅裏、新橋大通りにも開館しています。その他太平洋炭砿、十条製紙に従業員向けの映画館があり映画の全盛を迎えようとしています。

写真は、末広町4丁目(元丸三鶴屋新館)の東宝映画の封切り館として人気の東宝劇場です。
昭和32年5月16日の釧路新聞に「釧路人は映画好き」と題して当時の釧路市民の映画事情を報道しています。同31年1年間の釧路市内の映画館状況を見ると、釧路市民1人が1年間に観た映画は平均26.7回で全道平均13.8回を大きく上回り、釧路人は映画好き、と報道しています。平均回数が多い要因は、漁業基地釧路を支えた外来船(他府県から来た漁船)漁師の人達や近郊からの人が多いため、と解説をしています。
昭和31年は、石原慎太郎の「太陽の季節」や壮大なスケールの「戦争と平和」が上映され釧路市民に衝撃や感動を与えました。太陽族、慎太郎刈りなどの社会現象や憧れの文化情報を伝えています。
最新の情報を伝える映画街の盛況は、躍進釧路の活力を伝える記憶です。




