伝えたい「蔵」の記憶(271)テレビジョン初公開
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2018.10.29
昭和27年釧路市は市制30周年を迎え、「戦後復興事業にピリオドを打つ時期に来ていた」と市制施行70周年記念誌「目で見る釧路の歴史」に記述されています。同年の新聞が報道して市民生活を見ますと、子供たちに大人気の街頭のバナナ売りや、女性がオシャレを楽しむスウェター・ファッションショーの開催、自動車時代を伝える自動車講習会の人気など、市民生活に新しい時代の到来を伝える話題が報道されています。
昭和27年8月16日の北海道新聞は、「テレビ 釧路で初の公開、開場は朝から超満員」と釧路市制30周年記念行事の一つとして旭小学校屋内運動場を仮スタジオとして開催されたテレビの公開を報道しています。アメリカから輸入した17インチ受像機3台を設置し、ファッションショー、作文朗読などの実験が公開されました。入場者は正午まで既に数千人を超え釧路市民の熱狂の様子を伝えています。

写真は、目で見る釧路の歴史に掲載された昭和27年の釧路市公民館でのNHKテレビ公開の様子です。会場に市民が溢れ、窓にしがみつきテレビをみようと頑張る市民も見えます。NHKは、同28年2月1日に本放送を開始し日本のテレビ文化が始まります。当時の国産14型テレビ受像機の値段は29万円、高卒初任給5400円の54倍との記録もあり非常に高価でしたが、多くの市民は街頭、銭湯などで大相撲や野球、プロレス中継に熱狂します。
戦後復興から次代の夢を語れる時に出現した新しい文化を伝えるテレビ公開は、多くの市民に夢と活力を与えた時代の記憶です。




