伝えたい「蔵」の記憶(263)北大通りリヤカー
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2018.8.27
釧路の中心地市街地の北大通り商店街は、急速な戦後復興を遂げます。昭和23年と同26年に実施された北大通りと南大通りの交通量調査が同26年1月13日の北海道新聞に掲載されました。
調査項目は、自動車、自転車、馬車、人です。昭和26年の北大通りは、自動車1285台、自転車5080台、馬車871台、人1万8533人です。南大通りは、比較すると、人は北大通りの36%、その他項目も50%前後で、同23年との比較でも北大通りの増加率が抜群に高い数字を示し北大通り商店街の活況を伝えています。

写真は、昭和20年代中頃の北大通り4丁目東側商店街、丸三鶴屋店頭の光景です。幣舞橋方面へ走るバスと自転車、薬局やナショナルの看板、進藤商店金物が見られ、丸三鶴屋の店頭ではリヤカーの花屋などが路上販売し、賑わいの街並みです。
リヤカーの商いは当時の北大通り商店街でよく見られますが、リヤカーの機動性が北大通り商店街の物流を担い活況を支えます。金属製のパイプと空気入りのタイヤのリヤカーは、維持費が安く機動性に富み戦前戦後の小口運搬の優等生でした。
昭和27年の統計を見ると、2203台が登録され、馬車の3倍になっています。路上で鮮魚を商う五十集屋(いさばや)や野菜、果物販売、ラーメン屋、おでん屋など、市民生活の身近で活躍し、小口の商品を扱う商店、問屋、建設、運送業なども高価なオート三輪車にはなかなか手が出ないため、大切な輸送手段として利用しています。
リヤカーは、物流の要として商品の納入、顧客への配送を担い、自転車と共に北大通り商店街の復興と活況を支えます。




