伝えたい「蔵」の記憶(239)戦災からの復興
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2018.1.22
昭和20年7月14日の空襲で被災した北大通2丁目から5丁目東側商店街は、3丁目平和市場と5丁目丸三鶴屋が中核となり焼失した商店街の復興が戦後経済の混乱期に行われます。
戦後の北大通りの復興は、幣舞橋北橋詰から見る北大通り東側の焼け跡に、ポツンと焼け残った丸三鶴屋が見えるだけの光景から始まります。その後平和市場の再開、末広町のパラダイス商店街開店、釧路劇場、国民劇場などの映画と演芸の興隆により北大通り商店街復興が進みます。

写真は、昭和24年頃の北大通り4丁目の様子です。写真右側中央の3階建ての建物は丸三鶴屋で、続いて焼跡から復興した北大通り4丁目東側の商店街が見えます。左側の電信柱の付近は戦前の建物の丸ト北村呉服です。路上は、戦後の生まれのオート三輪車、自転車、馬車、車道を歩く人らの和やかな光景です。道路沿いには商店街を象徴するように整備された木製のゴミ箱が見られます。
昭和11年の地図を見ますと、北大通り4丁目東側は、サ一村上文具店、松並家具、金安時計店、野田洋服店、栄屋菓子店などの老舗と拓殖銀出張所が並び中心地市街地の繁栄を支えていましたが、戦後の昭和24年頃は、丸勝セトモノ店、金安時計店、足立靴店、進藤金物店、観光マーケット以外は戦後北大通り4丁目で開店した商店です。
焼け跡のバラック建て店舗跡に再建された活気溢れる店舗が並ぶ北大通り4丁目の商店街の復興は、戦後の苦難に挑戦した北大通り商店街の記憶です。




