伝えたい「蔵」の記憶(176)値下げ広告
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2016.7.18
昭和6年1月1日の釧路新聞に掲載された年頭所感によると、財界は昨年1月の金輸出解禁を契機として不況が深刻化し恐慌状態にあり、釧路地方も不況が深刻化しているが、希望を持って新春迎える、と報じています。
釧路地方の景況は、釧網線全通、新釧路川通水、鮪の大漁などの明るい材料もありますが、昭和4年の世界恐慌、同6年の昭和恐慌の影響を受け不況が深刻化し、やけになって不況の社会状況を伝える不況圏の無軌道描写というコラムさえ出てきました。大勢に順応し釧路市も減俸実施などの記事が釧路新聞に掲載され釧路の不況の深刻を伝えています。

写真は、花見遊山、運動会の季節に向けて昭和6年5月31日の釧路新聞に掲載された4寿司店連名の値下げ広告です。広告文は、「今回私等同業者中左記4店は時勢の推移に順ひ6月1日より値下げ実行致しました…原料吟味で然も調理自慢の4店を是非御利用下さい」とあります。値下げの理由は、時勢の推移に順い、としていますが、不況がより厳しくなった事を物語っています。
昭和6年6月9日の釧路新聞にも市内の葬儀店が連合し、「謹告─現今の不況に鑑み同業者連合を以て…5割以上の奉仕的破額廉価」の広告を掲載し、「現代的の奉仕連合」と謳ってます。商店街では、土日曜大特売、均一売出、丸三鶴屋の夜間営業など不況対策の広告が目立ちます。
国内の失業者が39万5000人で最高記録だと昭和6年7月5日の釧路新聞が報道しています、値下げ広告は厳しい不況に挑戦する先人の活力の記憶です。




