その他 蔵の記憶
公開:2026/03/05 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(136)西幣舞の広告

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2015.8.10

 大正時代の西幣舞は、大正2年、同7年、同8年の大火、同9年の大洪水の被災などを受けます。大火に備え幣舞橋通りの停車場までの道路幅を壱弐間に拡幅、釧路川治水工事の着手など都市基盤整備が実施され、西幣舞は人口の増加、市街地の拡大が続きます。西幣舞の大通りに商店、銀行、商社が進出し、稲荷小路を中心とする繁華街も出来て、伝統的な釧路の中心市街地である真砂町を凌ぐ勢いの街並みのようです。

 大正11年8月の釧路新聞に掲載された広告では、米、製麺、野菜果物、酒醤油、菓子の食料品店、呉服、蒲団の衣料品店、靴、時計、化粧品、紙などの用品雑貨店が、橋南地区の商店と競っている西幣舞商店街の活況の様子を伝えています。

釧路新聞に掲載された広告

 写真は、中元時期の8月に掲載された新聞広告です。住所は釧路市西幣舞大通り、取扱い商品は「たねもの」「和洋菓子卸商」「魚網、船具ロープ、ペンキ類一切」「頗る最新の珍柄襖紙着荷」の商品情報と屋号、店名、電話番号が記載され、価格よりも商品と商店名の情報を主とし、商いの特徴を伝える「何度修繕しても狂ひ易き時計は一度、川井時計店へ」「日々入荷仕候間何卒御用命願上候」「高価時代は去れリ、金安時計店」などの広告が多く見られます。

 戦後の北大通商店街で老舗と呼ばれた、ト北村呉服店、鍵本靴店、梶浦時計店、ふとんの西屋、稲葉製麺所などの広告も見られます。

 現在の北大通は、停車場通、西幣舞大通り、西幣舞橋通と呼ばれ、新聞広告は停車場から幣舞橋の商店街の躍進を伝えています。

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