その他 蔵の記憶
公開:2026/03/16 更新:2026/04/28

伝えたい「蔵」の記憶(475)昭和46年の釧路

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2024.5.6

 昭和46年の釧路市の経済や産業、資源、人口の状況について要点をまとめ、釧路市の情勢を総合的にみた市勢要覧は、20万都市へ伸び行く釧路市が日本一の漁獲量を誇る漁業基地として、また石炭産業の安定、工業・商業活動の躍進、釧路港の発展を目指す活況の情勢を伝えています。写真は、その釧路を象徴するように伸びる新釧路川と、年々増加する貨物で限界に達した釧路港を拡張するために昭和44年12月に着工された西港です。

 昭和46年12月30日の釧路新聞に掲載された丸三鶴屋の年末挨拶にも活況を呈する釧路の動向が表れています。この年は4月には武佐団地の造成がはじまり空前の建築ブームとなります。初のバス・トイレ、都市ガスつき、至れり尽くせりの団地でした。前年の同45年10月には白樺団地建設も竣工しています。まだまだ住宅の需要が続いています。

 釧路西港も昭和46年に下部工事を終え、釧路白糠工業団地が10月着工。増加する貨物に対応する釧路港の西港時代の到来と、広大な工業団地造成は、釧路市民に新しい夢を与えています。

釧路港西港区

 昭和47年には札幌オリンピックを迎え、オリンピックへまっしぐら斎藤幸子選手が500㍍で44秒4の日本記録を樹立。釧路では前年の46年、天然氷に代わるパイピングリンクの柳町スピードが完成し札幌オリンピックのサブスケート場に使用されオリンピックムードが高まります。

 一方、市民もボウリングブームにあけくれて、レーン数が一挙に2倍となります。大みそかの12月31日はオールナイト営業でボウリングを楽しんでいます。

 昭和46年の釧路市は、20万都市を標榜し力強い発展を確信しています。

前「北大通ショッピングストリート」    次「第2次釧路市総合計画」

TOP