伝えたい「蔵」の記憶(356)釧路市夢の未来図
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2020.11.2
昭和38年は、敗戦から復活した日本で翌年に開催される東京オリンピックの開催準備に日本中が夢を膨らませていました。釧路では、釧路厚生年金体育館と釧路市立青少年科学館が開館し、釧路市役所庁舎の新築移転の具体化と釧路市民は躍進都市釧路の未来への夢を膨らませています。

写真は、昭和38年1月1日付け釧路新聞が釧路市の都心部の黒金町に新築された市庁舎を中心に数年後の街並を予想した、「釧路市・夢の未来図」記事です。
釧路市夢の未来図によると、市民の希望を反映した市役所庁舎は、花咲き乱れる花壇に囲まれ市民の憩いの場となり、市庁舎を中枢として釧路警察署、電話局、国・道の出先機関庁舎が並ぶ大官庁街が誕生。旧庁舎跡の幣舞は、スマートな美術館と図書館が建設され公民館と併せて文化センターに。新しい釧路名勝として幣舞橋と久寿里間の河畔を整備して「霧のムード河畔公園」の開園などを伝え、「努力次第で実現できる夢である」と記述しています。
釧路市役所庁舎は、大正12年8月1日幣舞町に落成し洲崎町から移転します。当時としてはモダンな鉄筋コンクリート一部木造の総二階で、庁舎二階からの眺めは絶景で、下町からは「街の天守閣に見えた」と伝えられています。幣舞町の高台には、市役所庁舎、市立病院、公会堂と釧路の主要施設が並び戦前戦後の市民生活を支える行政の中枢でした。
昭和38年の釧路は、幣舞の高台から市役所庁舎が黒金町に新築、移転する計画が具体化し躍進都市釧路の新しい街造りが始まり、釧路市民の夢が広がります。




