その他 蔵の記憶
公開:2026/03/12 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(338)江南高校甲子園出場

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2020.5.25

 日本経済の成長が続き、「巨人・大鵬・卵焼き」が流行語となった昭和36年は、釧路市民にとっても明るい話題がありました。高校球児の憧れ、全国高等学校野球選手権大会北北海道大会で釧路江南高校が優勝し、釧根地区で初めて全国高等学校野球選手権大会出場を獲得した事です。当時の新聞は、「釧江南、投打に旭川東を圧倒」「おめでとう江南」「祝福を受けて市中パレード」などと報道して江南高校の快挙と釧路市民の喜びを伝えています。

優勝パレード

 写真は、大勢の市民から祝福を受けながら北大通り3丁目付近をブラスバンドが先導して意気揚々と行進する江南高校野球選手の喜びの優勝パレードです。平和市場、山下書店、村上金物が並ぶ商店街から多くの市民が声援を送る光景は、江南高校の優勝の感激を市民も共に享受しているようです。江南高校は、昭和30年芦別高校に惜敗して準優勝、同32年ベスト8を北海道大会で記録していますから念願の優勝が実現した感激のパレードです。

 釧路江南高校は、大正8年5月に北海道庁立釧路高等女学校として茂尻矢(現城山町)に開校し「上品ニ・明ルク・而シテ勤労ヲ厭ハズ・従順ナル女性タレ」を標語として戦前の女子高等教育に貢献します、戦後の昭和23年の新制高等学校の発足により道立釧路高等女学校へ、同25年男女共学の実施により釧路江南高校へ校名が変更され、同34年11月18日畑に囲まれた光陽町の新校舎へ移転します。

 新校舎へ移転後間もない江南高校の甲子園出場は、躍進釧路を自負する釧路市民に感動を与えた記憶です。

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