その他 蔵の記憶
公開:2026/03/12 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(332)石黒商店

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2020.4.6

 北大通りは、現在の幣舞橋のところにあった、釧路川をわたる渡船船着場と、鳥取街道(現在の道道釧路鶴居弟子屈線─北大通りから旭跨線橋へ)を結ぶ道であった(戦後史ノート)が、大正6年の根室線の開通に伴う停車場の現在地への新築移転により、幣舞橋と停車場を結ぶ通りが北大通りになり、鉄道が街並の北進を加速します。

 その後、大正12年雄別鉄道が営業を開始し、昭和3年4代目幣舞橋が完成、同6年釧網線の開通により沿線各地との交流が盛んになり、北大通りは躍進釧路の中心商店街となります。戦時統制と戦後混乱を耐えて賑わう商店街となります。

石黒商店

 写真は、北大通り商店街の戦前戦後の記憶を伝える北大通り8丁目西側(現釧路信用金庫本店)の金物を商う株式会社石黒商店です。石黒商店は、石黒信市郎が大正8年に真砂町(現南大通り)に創業します。昭和3年北大通り5丁目西側(丸三鶴屋の向かい)に移転しその後北大通り8丁目に移転をします。戦時下の商況の悪化により休業を余儀なくされますが、戦後の厳しい商況の中で営業を再開し、昭和26年株式会社石黒商店を設立します。(石黒ホーマーの歴史)

 神武景気が始まった昭和30年頃の北大通り商店街には、3丁目堀内、村上金物店、4丁目進藤金物店、5丁目小松、安本金物店、8丁目石黒商店、9丁目渡部金物店、12丁目木元金物店と多くの金物店が並び釧路ばかりで無く沿線住民の生活向上に貢献しながら北大通り商店街の活況を支えます。

 石黒商店は、その後、中園町に先進的な石黒ホーマー1号店を昭和51年4月4日に開店します。

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