その他 蔵の記憶
公開:2026/03/12 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(331)北大通り8丁目の荒物店

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2020.3.30

 北大通り商店街は、百貨店、市場、衣料品店、食料品店などをはじめとして多くの商店が軒を並べ戦前戦後の市民生活を支えます。昭和30年代は、漁業、石炭、紙パルプの好調と国内経済の活況を反映した市民の旺盛な購買意欲に支えられて道東の中核都市の商店街として賑います。

北大通り8丁目東側商店街

 写真は、北大通り商店街が、復興から躍進へ向かう昭和35年頃の北大通り8丁目東側(現早川メガネ店左隣)商店街です。戦災を免れた戦前の木造2階建の店舗に、松村旅行具店、荒物の青木商店、あま太郎の大きな看板が揚げられています。

 商店の特色を伝える看板から商店の取り扱い商品を見ますと、旅行具店は旅行カバンなどを扱う商店、あま太郎は甘味が自慢のおやきの店、荒物店は、ほうき、ざるなどの家庭用品を扱う商店です。それぞれの商店は特色ある商品が店頭を賑わしています。特に、荒物の看板を揚げた青木商店は、市民生活と北大通り商店街の歴史を伝えています。

 「荒物」とは、小間物に対して江戸時代に生まれ言葉で、粗末なもの、雑なものの意味で、箒、はたき、塵取り、ざる、桶などといった木材、箒草、竹を巧みに加工した家庭用品を指し、戦前戦後の物不足で混乱した市民生活を支える必需品でした。

 神武景気など好景気に支えられた昭和35年頃の市民生活は、豊富な品揃え、三種の神器と呼ばれた電化製品の登場により消費動向が急激に変化をしますが、荒物の青木商店は、消費動向の変貌を記憶しながら逞しく北大通り商店街を支えています。

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