その他 蔵の記憶
公開:2026/03/11 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(330)北大通り12丁目の看板

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2020.3.23

 北大通り商店街は、昭和36年12月完成の釧路民衆駅と同4月に始まった北大通都市改造事業の実施により近代的な商店街へ変わりますが、同35年頃の北大通り商店街は、戦前戦後厳しい時代を乗り越えた木造の店舗が軒を並べていました。北大通り13丁、12丁目の釧路駅前商店街も、戦後の混乱期を乗り越えて戦前戦後商店街の名残を留めながら変わろうとしていました。

菓子問屋田中商店と肉の小林商店

 写真は、昭和35年頃の北大通り12丁目西側の菓子問屋田中商店と肉の小林商店です。屋根と窓の形状を見ると、戦災を免れた戦前の面影を残す木造2階建の店舗ですが同様の建物の渡辺板金加工所、さくらい生花店の店舗も並んでいます。

 「菓子卸問屋」と「きびだんご」の大きくどっしりとした看板が見える商店が、屋号が「カネ万」の田中商店です。田中商店は、大正時代の創業で「菓子問屋では戦前から続いている菓子問屋は田中商店だけ」と「わがマチの人物地図」(釧路新聞)に記述された釧路で一番古い菓子問屋です。

 戦前戦後の統制経済と戦後の物不足を逞しく切り抜け、市民生活に潤いを生む甘味を届けた菓子問屋です。昭和35年頃は、商品の流通が好転して店内に山のように積まれた商品と店頭に並ぶ配達に使う小型トラック、スクーター、自転車は、商いの盛況を感じさせます。

 北大通り12丁目の大きな看板は、田中商店の活力と信頼を伝え、顧客に安心と信頼を与え、駅前商店街が釧路市民と東北海道の人々の食生活の向上に貢献した記憶を伝えています。

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