その他 蔵の記憶
公開:2026/03/10 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(299)百貨店丸三鶴屋開店

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2019.7.1

 大正11年に市制が施行された釧路市は、同末期から昭和初期にかけて近代都市を目指して都市基盤整備を実施します。

 大正12年市役所庁舎が幣舞町へ新築移転し、鶴ケ岱浄水場が完成して昭和2年1月1日より給水が開始されます。同3年12月3日には永久橋幣舞橋が完成。幣舞橋上流の埋立などの事業も行われ、都市機能の拡大、近代化へと進みます。

 幣舞町への新市役所庁舎移転新築は、市の重心が南東から北西へ、船着場を持つ橋南から鉄道を核とした橋北に向かって移動を始めた「シンボルとも言うべき選択」であると「街角の百年」が記述しています、釧路の中心市街地が伝統的真砂町から、発展する西幣舞へ急速に移動を始めます。

百貨店丸三鶴屋

 写真は、昭和5年9月25日開店した百貨店丸三鶴屋です。建物は鉄筋コンクリート4階建て、暖房装置並びに衛生浄化装置が設置されています。正面の入り口に大きなウインドーを備えた近代感覚の百貨店です。両角栄治さんは、「釧路の中心をなす商店街は曾(かつ)て殷賑(いんしん)を極めた橋南方面の衰退に反し橋北の発展は近時著しきものあり豫(かね)て百貨店建設の計画有りし、橋北の中核に土地を買収して徐(おもむ)ろに時機の到るを待った」と百貨店開業への心境を著書「追憶五十年」に記述しています。

 両角呉服店は、旧弊を脱して株式会社丸三鶴屋を設立して近代感覚を備えた道東唯一の百貨店として顧客第一の百貨店を目指して商勢拡大に挑戦します。

 昭和4年の世界大恐慌の影響で国内経済混迷の中での百貨店の開業は、釧路市民に新しい夢を与えています。

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