その他 蔵の記憶
公開:2026/03/10 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(278)改装記念大売り出し

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2019.1.14

 昭和20年代後半の北大通り商店街の新聞広告を見ますと、戦後復興が終わり新しい時代の商店街へ変わろうとする気配が感じられます。人口の急増と産業の活況が続く当時の北大通り商店街の様子を「自由商品の出回り増に伴い、店舗は次第に拡大された」と丸ト北村70年の歩みが伝えています。

「ヤマボシ斎藤」の広告

 写真は、昭和28年10月1日の北海道新聞に掲載された「ヤマボシ斎藤」の改装記念大売出しの広告です。ヤマボシ斎藤は、同2年創業で、同11年の市内地図に斎藤モスリンと記載されている北大通り5丁目西側(現伊藤くだもの店の並びの南側)の戦前からの呉服店の老舗です。時代を先取りし、戦災を免れた戦前からの店舗を改装しています。

 完成した店舗は、近代的で斬新なデザインで新しい時代を感じさせます。広告を見ると、ヤマボシの屋号を受け継ぎ、店名が斎藤呉服店から斎藤に変わり、「いつもあなたを美しくする釧路商店会加盟店」と新鮮な広告で、「三大産地の銘仙大会」、「ショールとストール大会」、「秋の既製服大会」と呉服、洋品、婦人服を宣伝しています。

 ヤマボシ斎藤は、戦前は呉服専門でしたが、戦時中一時休業し、戦後の一時期カゴなどの荒物を売って急場をしのいだ事もありましたが、「2代目斎藤寛さんがいち早く呉服から洋服、洋品を扱い、さらに婦人服専門店となる手腕を発揮した」と、わがマチの人物地図(釧路新聞社)に掲載されています。

 改装記念大売り出しは、伝統の呉服から婦人服、洋品の扱いへ方向転換をしたヤマボシ斎藤の挑戦の記憶です。

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