その他 蔵の記憶
公開:2026/03/08 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(233)丸三鶴屋の復興

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2017.11.6

 昭和24年頃の新聞を見ますと、「電力危機迫る王子製紙」「釧路の人口は1年で7千人増加」「8畳に10人雑魚寝」「今日から絹製品の統制撤廃」など戦後の危機、苦悩と喜びの市民生活、復興する商店街の様子も伝えています。

丸三鶴屋の売出し広告

 写真は、昭和24年4月1日北海道新聞に掲載された丸三鶴屋の売出し広告です。

 小さな広告ですが、混乱が続く戦前戦後の統制経済では見る事が出来なかった売出し広告です。広告は、3階の改装を終え、「全店の大売り」と謳っています。1階に帽子・革、洋品雑貨売場新設、2階に文房具・玩具、運動具売場移動、3階に家具・食器売場移動の売場情報と、商品情報は「服飾雑貨春の優品取揃」とあるだけで、商品名、値段の記載がありませんが、ようやく売場を満たす商品が揃えれる時が来たのです。百貨店丸三鶴屋の復興が始まりました。

 丸三鶴屋は、昭和20年7月の釧路空襲で被災しますが、同9月に店内焼跡を整理して営業を再開し、配給商品取扱い、交換所開設、映画館開設など統制経済に対応した顧客サービスを実践しています。昭和23年4月8日に2階を改装、昭和24年4月に3階の改装により全店舗が売場になり、商品により顧客サービスを行う百貨店の本来の姿を取り戻しました。

 丸三鶴屋復興の活力は、丸ト北村呉服の本格的な営業再開、平和市場の本建築への取り組みなど北大通り商店街の復興にも活力を与え、厳しい統制経済に耐えていた市民に夢と希望を与える市民生活復興の記憶でもあります。

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