伝えたい「蔵」の記憶(208)商店の転廃業
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2017.4.24
太平洋戦争2年目の昭和17年5月13日企業整備令が公布され、物資、労力の総てを戦力増強に振り向けるため企業全般にわたり整理に着手します。
小売業についても整備が進められて、配給物資などを扱う少数の商店を残しあとは転廃業させ、炭砿、軍需工場へ産業戦士として徴用されます。商店の店頭に「国策の線に副いて転廃業致し産業戦士にてご奉公致します」の張り紙が多く見られたと「北海道百年」に記載されています。
「米英撃滅の大詔を拝してより茲に一年余皇軍の武威弥々昂揚し日章旗は大東亜の各地に輝き…と欣快に堪へざる所。併し敵亜米利加に対して情勢は楽観を許さない。国内情勢を見るに戦時経済体制急速に前進し各界統制強化、企業整備再編成等を強行実施され一般産業は犠牲に供される」(両角栄治著 落葉)。日本軍の東南アジアでの快進撃は喜ばしいが、情勢は楽観を許さない。戦経済体制により小売業などの産業が犠牲になってきました、と苦難の昭和17年を分析、回顧しています。

写真は、丸三両角商店の前身である丸三両角の西幣舞支店店舗です。丸三両角商店は、卸売業として東北海道に商勢を拡大し地域の経済発展に貢献しましたが、昭和17年9月30日配給機構整備即ち国家の政策に依り廃業しました。
物資の配給統制と極端な物資欠乏の状況下では、本来の商業活動が消滅してしまい営業の継続は配給業者として指定を維持するだけで多くの商店は転・廃業を余儀なくされます。
転・廃業の店舗が暖簾を下した北大通り商店街は、戦時と商店街の苦悩の記憶です。




