その他 蔵の記憶
公開:2026/03/07 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(209)北海道新聞

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2017.5.1

 昭和17年の戦況は、6月のミッドウェー海戦を境に、8月のガダルカナル島奇襲上陸と攻勢から守勢へと変ります。時局に対応して戦力増強、戦時体制の強化の為の法令が発動されます、その一つが「新聞事業令」です。

 新聞の新体制では、総ての新聞は国家的使命を体し新聞発行は従来の届け出制から許可制へ変わります。

「北海道新聞」創刊の記事

 写真は、昭和17年10月21日の釧路新聞に掲載された「北海道新聞創刊 全道11紙を統合11月1日より新発足」の記事です。大東亜戦争完遂途上に於ける新聞の使命重大なるに鑑み11紙は国家の要請に応じ一斉に廃刊し11月1日より「北海道新聞」と改め新発足すると趣旨を報道しています。政府はすでに「1県1紙」を目標に新聞の整理統合を全国的に進めて来ていましたが、いよいよ北海道でも全道1紙への動きが進められます。

 道内の日刊新聞は最も多かった昭和9年、89社にのぼっていましたが、日中戦争2年目の同13年に整理統合が始まり、非常時の報道統制、新聞用紙資材の節約を理由に自粛廃刊を指導し、こうした波のなかで11紙まで減らされています。(北海道百年より)

 明治35年7月2日創刊され、釧路市民と共に築いた釧路新聞をはじめ、最も社歴の古い北海タイムス、小樽新聞など道内各新聞の歴史と郷土の文化を北海道ただ一つの北海道新聞が受け継ぎます。

 北海道新聞創刊は、本来は権力に対して自由が生命の新聞ですが、非常時下に於ける苦渋の決断の記憶であり、大東亜戦争必勝を願い銃後を守る釧路市民には時局の切迫が増した記憶と思います。

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