その他 蔵の記憶
公開:2026/03/07 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(200)黒い御飯

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2017.2.20

 日中戦争が拡大し時局の緊迫が強まる昭和14年11月「米穀搗精米制限令」が公布されます。令は、玄米を精米する時に重量が減少するので精米後に94%の重量を維持するように省令で定められた。精米94%は7分つきの白米の事で、10割精白米と比較すると7分つき米は量的減少が小さく米不足対策に対応したものです。贅沢の禁止、物資の節約が叫ばれて実施された、日常生活の戦時体制化の法令です。

昭和14年1月16日付け釧路新聞

 写真は、昭和15年1月16日釧路新聞に掲載された「黒い御飯を召上がれ」「丸三鶴屋で七分搗米の展示会」の記事です。国策の「米穀搗精米制限令」の理解と国民の体位向上に効果がある七分搗米の取り扱いと効用を周知させる企画で、「市民は大いに黒飯を食し国策に沿う」と展示会の目的を解説しています。

 戦時の百貨店は、時局に即応した実用的な生活必需品を取り扱い、商品を通して消費者に生活刷新への精神的感化を及ぼすと考え、「刷新」を消費者に促すよう政府から求められ、総力戦強化に結び付きます。又、政府から戦意高揚や国策宣伝場として重視されます。(戦時期の百貨店と消費社会より)

 「丸三鶴屋で七分搗米の展示会」は、時局が百貨店に求めた国策展示会です。戦時に於ける百貨店は、「過去の観念を払拭し頭の切り替えを行い必需物資取入れに意を注ぎ配給の適正を以て其の使命を完ふべし」(両角栄治 落葉より)と戦時に於ける丸三鶴屋の使命を伝えています。

 黒い御飯は、戦時の市民生活と丸三鶴屋の苦悩の記憶を伝えています。

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