その他 蔵の記憶
公開:2026/03/06 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(170)不況の西幣舞商店街

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2016.5.30

 昭和5年に道東初の百貨店丸三鶴屋が西幣舞に開店しますが、開店の要因は街の北進でした。釧路の中心をなす商店街は、「曾(かつ)て殷賑(いんしん)を極めた橋南方面の衰退に反し、橋北の発展は近時著しきものあり、豫(かね)て百貨店建設の計画…」(両角栄治著追憶50年)と、橋北の活況を伝えています。

 発展する西幣舞商店街ですが、昭和初期の金融恐慌、世界恐慌の影響を受け厳しい商況に挑戦します。昭和6年5月30日の釧路新聞に市町村の吏員も小学校教育も減俸の記事が掲載され不況の深刻さを伝えています。昭和6年の釧路新聞の広告を見ますと、不況に挑戦する西幣舞商店街の広告が目立ちます。

丸三鶴屋の新聞広告

 写真は、昭和6年7月1日釧路新聞に掲載された丸三鶴屋の広告で、「大安値」「大量廉売」「3割安大見切」「破格大提供」と夏物衣料の価格の安さを訴える広告です。夏季連続夜間営業を行い、現在のタイムサービスに相当する朝間夜間特別大奉仕を実施し、豊富な品揃えとサービスで他店を圧倒する広告を掲載しています。

 丸ト北村呉服店は、新築の商工会議所階上で釧網線全通記念特売会を開催し、薄利多売と物珍しさで丸三鶴屋に対抗しています。平和市場では「安いことに於いて断然トップ」を訴え、「10銭均一食堂」「宮地菓子舗の土曜特売」などで廉売市場は顧客本位で庶民の台所の広告を掲載しています。

 昭和6年の西幣舞商店街の広告は、真砂町が創業の丸三鶴屋、西幣舞創業の丸ト北村呉服、時代が求めた廉売市場の平和市場などが不況に挑戦する記憶を伝えています。

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