その他 蔵の記憶
公開:2026/03/05 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(114)釧路市街案内図

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2015.2.2

 釧路川右岸の街並みは、明治17年安場保吉の「北海見聞」が「他日人煙盛に増殖、一大市街地となるべき見込地」と述べていますが、当時の民家6戸でした。同34年の鉄道開通後の同36年6月には橋北地域の戸数500戸を数え、現在の北大通の幣舞橋詰から8丁目付近までと錦町5丁目、黒金町6丁目の両側から頓化方面にかけ家並みが連なっている、と釧路市史に記載されています。鉄道の開通は、東北海道の開拓の拠点の役割を果たす釧路の躍進を支えます。

 明治40年9月8日、釧路停車場構内で「釧勝線全通祝賀会」が開催されますが、其の案内状に添えられたのが「釧路市街案内図」です。図には、式場、釧路停車場や、凡例に町役場、郵便局、宿所が記載されています。宿舎は、早朝の開式に遠来の出席者が町内有力者の家に分宿するので指定の家を図示しています。

 橋北地区の宿所は、民家が茅野満明、池田栄太郎ら10軒と、丸メ内地物産社、三上陸送部、釧勝商会、小樽木材、釧路炭鉱の5社です。宿所は当時の北橋地区の街の様子と釧路の中心市街地移動の兆しを伝えています。

釧路市街案内図

 釧路港実業家名鑑明細全図(明治43年6月5日発行)に、茅野運送部「鉄道貨物・海陸接続・全道角駅取引店有」、三上運送店「鉄道・船舶・運送・艀業・倉庫業」、村上旅館「目印・アカ瓦斯灯・釧路停車場前」などの広告が掲載され、釧路─函館間の鉄道の開通による沿線の物資の集散地釧路の躍進と、停車場を中心とする鉄道の街の様子を伝えています。

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