編集部コラム「台所攻防戦」

70年前の昭和31年(1956年)、釧路新聞に掲載されていた「今晩のお惣菜」のレシピを現代で再現する企画を担当している。
昭和のレトロな雰囲気を期待して始めたのだが、料理の腕がへっぽこすぎて、毎回ただの「料理失敗顛末記」になっている。これはいかん。
キッチンスタジオを借りられる予算などあるはずもなく、調理は当然わが家で行う。
これがちょっとした苦労のタネである。
高齢の両親と同居しているわが家では、台所の支配権が自分にない。
さらに、両親のどちらもスマホを持っておらず、「ごめの目」が何なのかをわかっていない。ウェブサイトがどういうものなのか、下手をしたらインターネットとは何か、という理解がないに等しい。
実際に画面を見せて説明しても、へえーと言う口はおそらく1ミリもわかっていないだろう。
つまり、仕事の企画で料理をしているということが一切伝わらないのである。
急に料理に目覚めて一体どうしたのだ、という怪訝な顔で毎回見られながら作業を進めていくのだが、材料を用意してテーブルの上に並べ、カメラを取りに行って戻ってくると、すでに玉ねぎの皮が勝手に剥かれている。じゃがいもが洗われている。
待って待て待て撮影がまだーーー!
慣れない手つきでもたもたしていると、横からどんどん手が入ってくる。
イカの皮剥きとか、揚げ物作業の代理とか、大いに助けられる時もあるのだが、ありがた迷惑なことの方が多い。
そしてもうひとつの苦労が、作った料理がなぜか食事の一品にカウントされない、ということ。
事前に「今日はコレコレを作るのでよろしく」と伝えていても、きっちり食事は人数分用意してくれるのである。白いご飯のとなりに、ポテトライス。肉じゃがのとなりに、豚肉とりんごの重煮。
小さな惣菜ならまだいいが、鍋いっぱいにできてしまった煮込み料理や、一皿で胸焼けMAXになるコーンケーキなどは、正直きつい。
もちろん両親にも少しは食べてもらうのだけれども、これもまた厄介で、何を作ってもただただ手放しで褒める。
塩辛くて人が食べるものじゃない料理でも、何とか褒めようとする。いや、これはまずいものはまずいと批判する企画なんですけど…。
親にとって子供はいつまでも子供、という真理は分かっているつもりだ。
分かっているのだが、「わーよくできましたねーすごーい!」的な5歳児に対するような褒め方をされるので、なめとんのかと心の中ではブチ切れている。
こうして、70年前のレシピとの戦いの裏では、もう一つの攻防戦が繰り広げられている。
とりあえず、次回は玉ねぎが出てこないレシピを選ぼうと思う。(ごめのすけ)




