伝えたい「蔵」の記憶(484)近代化した北大通商店街
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2025.8.4
北大通都市改造事業は、昭和36年から始まり同47年7月8日竣工式が挙行されます。翌日の釧路新聞は、「釧路市の顔 面目一新」「事業完了11年の歴史」「事業費ざっと24億円」と戦災から復興した商店街と、戦前は木造店舗が軒を連ねていた北大通商店街の変貌を報道しています。

写真は、道路幅を拡幅し33㍍と30㍍に統一され狭い道路の悩みを解消した北大通と近代的な商店街です。
戦後の釧路市の人口は、昭和20年5万633人、同35年14万1389人と急速に人口が増加します。同35年頃の釧路市は、市勢急伸と市民の消費動向の変化に対応する為に釧路の中心商店街の不燃化、高層化、大型化、協業化に向けて北大通都市改造事業が始まります。
北大通都市改造事業の記録を辿ると昭和36年に新築された釧路駅は、北海道で札幌、旭川に次いで3番目の民衆駅として新築されます。駅地階はステーションデパートが開業します。戦災から復興した平和市場は、協同組合を設立して昭和39年11月、7階建ての近代的なくしろデパートをオープンします。
昭和46年3月には大谷時計店、白川玩具店、高橋肉店、三宅カバン店、呉服の美なとやの5店が協同で建設した6丁目ビルがオープン。同時に映画館、ボーリング場もオープンします。
北大通都市改造事業の完了は、北大通商店街が高層化などにより古い木造店舗が近代的なビルへ変貌し、野村証券、北海道銀行、商工信用組合等の金融機関の並ぶ街並みは道東の拠点都市釧路の活力の記憶を伝えます。




