その他 蔵の記憶
公開:2026/03/15 更新:2026/04/27

伝えたい「蔵」の記憶(449)昭和46年活況釧路港

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2023.6.5

 釧路港は、昭和44年12月21日釧路西港第1期工事(基礎石投入)が着工し、釧路港の新しい時代の到来を伝えています。

 釧路港は、明治23年特別輸出港に指定、同32年普通貿易港に指定されて開港し、同42年には修築予算が帝国議会を通過して釧路港修築工事が着工されます。不凍港として東北海道の物流の要の役割を果たし、釧網本線が開通した昭和6年の釧路市発行の釧路案内は「釧勝根北4ケ国の物流は当然其の吐口を東部に見つけねばならぬ…我が釧路港を置いて他にいづくにあるか」「西に小樽港あり、東に釧路港あり」と東北海道における釧路港の役割を強調しています。

北海道・釧路支庁の広告

 写真は、「道東発展の拠点釧路・建設進む釧路西港」と、釧路港に期待を伝える北海道・釧路支庁が昭和45年12月6日の釧路新聞に掲載した広告です。第1埠頭、第2埠頭、第3埠頭、石油配分用地などを備え、北方圏交易と道東の開発に大きな役割を果たすため建設が進む釧路西港を紹介しています。

 釧路港は、黎明期の昆布、硫黄、魚粕の移出から始まり、明治、大正時代は十勝・北見の雑穀と鉄道枕木と木材。昭和になると石炭・紙パルプ、雑穀、水産物、そして戦後の石炭、紙パルプ、水産物などの移輸出を担い、道東の経済活動の要の役割を果たします。昭和40年の貨物取扱量は小樽港を上回り道内2位となります。

 移輸出入総屯数の驚異な増加が続く活況は、着工された西港と共に釧路港の躍進の記憶を伝えています。

前「躍進紙パルプ」    次「昭和46年門出の記憶」

TOP