伝えたい「蔵」の記憶(446)水揚げ3年連続日本一を目指して
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2023.5.1
釧路市の人口は、昭和45年国勢調査で19万1948人となり、札幌、函館、旭川につぐ北海道第4位の都市になります。戦後の釧路市の人口は、昭和25年4万7996人、昭和35年14万7389人、昭和45年19万1947人と急増しています。人口の急増を支える釧路の基幹産業の漁業は昭和43年ライバルの八戸を抜いて遂に念願の水揚げ日本一となり、昭和45年2年連続水揚げ日本一を記録します。

写真は、幣舞橋を歩く釧路市民に秋の風物詩を伝える昭和45年頃の幣舞橋付近に集結するサンマ船群です。昭和45年7月25日の釧路新聞は、「サンマ水揚げ好調、サバ、イカも賑わう、これからの本番に期待と連日サバ、イカ、サンマの水揚げで賑わう釧路港の様子と道東沖のサバ漁は前年同期の7466㌧を大きく上回って1万4530㌧と好漁が期待されると報道しています。昭和45年11月9日の釧路新聞は、イカ漁の大不漁と釧路港の水揚げはすでに52万4000㌧を記録し昨年の水揚げを大きく上回ると報道しています。昭和45年の釧路の秋はサバが市場に溢れ、サバを満載したトラックが街を走り、加工場はフル操業と漁業の活力が街に溢れています。
昭和45年釧路港は、史上最高を記録した道東沖のサバ漁が推進役となり58万7000㌧の水揚げをして2年連続水揚日本一を記録します。昭和45年魚種別漁獲数量は、スケソウ47%、サバ32.9%、サケ・マス2.7%と、スケソウの北転船の活躍と一日6700㌧もの水揚げを記録したサバ漁が主役の様です。
水揚げ3年連続日本一目指しては、漁業基地釧路の活況の記憶を伝えます。




