その他 蔵の記憶
公開:2026/03/14 更新:2026/04/24

伝えたい「蔵」の記憶(411)太平洋スカイランド

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2022.4.4

 昭和43年、釧路炭田の石炭生産量が戦後最高となる344万トンを記録します。この時、「釧路炭田の柱となったのが太平洋炭砿と雄別炭砿でした」と戦後史ノート(釧路新書)に記述されています。「生きぬくヤマ太平洋炭砿」は、厳しい景況の中で安定増産と炭鉱マンの健康増進と文化の向上を目指して生産活動に挑戦しています。

太平洋スカイランド愈々の広告

 写真は、昭和44年5月16日の釧路新聞に掲載された、「太平洋の海原を眺めながら憩う展望温泉・太平洋スカイランド愈々 明日17日オープン」の広告です。太平洋スカイランドは、豊かで住み良いヤマづくりに夢を託し厳しい経営環境に「ヤマは残る」の信念で挑戦する炭鉱マンの夢が実現した「福祉の殿堂」です。

 スカイラウンジルーム、展望温泉、結婚式場を備えた近代的な太平洋スカイランドは、炭砿住宅が並ぶ春採、武佐地区と桜ケ岡、益浦地区に囲まれ、太平洋の大海原と釧路の街並、釧路湿原が一望できる絶景の青雲台にオープンします。協賛広告は、太平洋興発、釧路臨港鉄道、栄和産業などの躍進する太平洋企業グループと結婚式場関連の渡辺写真館、宮崎写真館、稲沢生花店などが名を連ね炭鉱マンの新しい時代の福祉施設誕生を応援しています。

 太平洋炭砿は、昭和43年釧路炭田の出炭量の55.78%、国内出炭の1割強を占め、その経済効果は家族と関連産業を含めて人口で2万8905人の効果があると試算され(戦後史ノート)、ヤマの動向を釧路市民も注目していました。

 太平洋スカイランドは、生きぬくヤマに挑戦する炭鉱マンの夢と奮闘の記憶を伝えています。

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