その他 蔵の記憶
公開:2026/03/14 更新:2026/04/24

伝えたい「蔵」の記憶(408)昭和44年釧路市の人口

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2022.3.7

 東北海道の中核都市釧路市は、昭和44年に開基100年を迎えます。昭和44年1月1日の釧路新聞は、「先人挑んだ1世紀の回顧」と2世紀へ向かう二十万釧路市民が抱える課題をテーマとした「釧路市開基百年二世紀への出発」の座談会を掲載して、釧路市開基100年の意義を報道しています。

昭和44年1月7日の釧路新聞

 写真は、昭和44年1月7日の釧路新聞に掲載された、「9月に二十万人」、「(人口)開基百年目に突破」の記事です。釧路市の人口の伸びはここ数年鈍化し、昭和43年11月末の住民登録人口は、19万5956人、一年間における人口増加では2500人にとどまった。このため20万に達するのはひと頃の推定よりずれるが、統計資料に基づいた推計によると9月末は20万人を突破する見とおしであり、釧路が開基百年を迎えた年に人口もついに20万の大台に達する見込みを伝えています。

 昭和32年から昭和43年11月までの釧路市の人口の推移と人口の社会増を伝える転入・転出のグラフを掲載して、「釧路市の人口は9月に20万に達する」と強調。1969年度版(昭和44年)釧路市勢要覧も、「20万都市へ前進する釧路・人口20万にあと一歩という釧路は増加率ではやや低くなっていますが、依然として増加の途をたどっている」と記述しています。

 釧路市の人口は、昭和20年5万6333人、鳥取町と合併した同24年8万6556人、市制30周年の同27年10万4393人、同37年15万9457人と急増。道東の中核都市釧路が開基百年を迎えた同44年の釧路市民は、20万都市を熱望していたようですが、その年の9月の釧路市の人口は19万8282人で、同46年9月になって20万972人を記録しています。

前「昭和43年の歳末商戦」    次「43年の漁業・石炭・製紙」

TOP