伝えたい「蔵」の記憶(384)中心街子供神輿
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2021.7.26
釧路の中心市街地の北大通商店街は、昭和40年頃になると、都市改造事業が進み街路も広くゆったりと拡幅され、『新生「北大通」への胎動である』と、街角の百年(釧路新書)に記述されています。同39年の釧路デパート、同40年の北海道銀行、松並家具店、3丁目名店街などの近代的な店舗の完成により北大通商店街の変貌は加速されます。

写真は、活力ある変貌が加速する昭和40年頃の北大通2丁目道新釧路支社前の中心街で旗を挙げた元気な子供神輿です。この釧路國一之宮厳島神社夏季例大祭くしろまつりは、勇壮な神輿が練り歩き、元気な子供神輿、稚児舞、古式ゆかしい獅子舞などが見られる伝統のお祭り。お囃子の音色にワクワクするお祭り気分の市民が北大通に溢れ大賑わいです。
戦後の北大通商店街は、活力溢れる復興を遂げますが、第一商店街、中心街商店街、駅前商店街が競い合い活発な商戦を展開していました。中心街商店街の子供神輿制作時の目標は「第一商店街の子供神輿に負けない豪華な神輿」と決定し制作しましたが、「重すぎて神輿を担ぐ子供達が苦労した」と、当時の商店街の競い合いのエピソードを北大通商店街の古老が語っていました。
都市改造事業の進展による北大通商店街の近代化は、街並みの変貌と共に住民の郊外への移転が続き旭小学校の児童数は、2129人(昭和31年)から974人(同42年)に減少(旭小学校90周年記念誌)して子供達の生活環境にも変化が見られました。




