伝えたい「蔵」の記憶(365)昭和36年北大通り5丁目
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2021.2.1
北大通は、旧名「西幣舞」の一部にして南は幣舞橋北橋詰より北は釧路駅に至る。「中央は拾貮間巾の地方費道貫通す主なる建物として釧路市消防本部、拓殖銀行出張所、鶴屋デパートメントストア、廉売市場、等大小の商店櫛比し凡て建築壯麗本市繁栄の中心」と昭和11年発行の釧路郷土史考に記述されている。当時から鶴屋デパートメントが在る北大通5丁目は、中山茶紙店、小松金物店、伊藤商店などの老舗が並び繁栄する北大通の中心商店街でした。
昭和36年頃の北大通5丁目東側は、空襲で被災した店舗を修復・増築した昭和5年開業の丸三鶴屋、昭和22年開業の銀座マーケット、バラック建ての店舗から復興した明治42年創業の中山茶紙店、明治38年創業の小松金物店と戦前からの老舗が並んでいます。

写真は、昭和36年頃の北大通5丁目西側。店舗に山積の果物が並ぶ明治34年創業の伊藤商店と戦後開店した精肉の看板のマルホ、商品が溢れる様に陳列したヤスモト金物店です。並びには大正12年創業のさいとう呉服店、戦後開店した靴のヒナタ、川上ミシン商会、靴のコスギ、果物の小原商店など戦災を免れた店舗が並んでいます。
北大通り5丁目商店街は町の歴史、特に鉄路と共に歩んできました。伊藤商店が創業した明治34年は釧路白糠間に鉄道開通。小松金物店が創業した同38年は釧路─帯広間が全線開通し同40年に釧路旭川全通。大正6年の根室線開通に伴って釧路駅が現在地に新築移転しています。丸三鶴屋が開店した翌年の昭和6年釧網線全通。そして同20年の釧路空襲。北大通り商店街の黎明期から発展期、戦後復興の記憶を伝えています。




