その他 蔵の記憶
公開:2026/03/12 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(354)鉄北の学校は満員御礼

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2020.10.19

 人口の急増と市街地の拡大が続く、昭和37年の釧路は、市民生活に様々な影響が見られました。同年11月7日の釧路新聞は、市内の小学校の状況を「数年で二倍に膨張・新設校建設も油に水」と市街地拡大による特に鉄北地区の小学校児童数の増加の状況を報道しています。

 昭和37年9月末の市内小学校在籍児童数の上位を見ると、新川小学校2482人、共栄小学校2231人、東栄小学校1979人、寿小学校1729人、旭小学校1729人と鉄北地区の新川、共栄の児童数が断然多く、次いで橋南の東栄、橋北の寿と旭が続き、人口の急増と市街地拡大が橋北から鉄北へ向かっている状況が分かります。(児童数は釧路新聞より)

 児童数の増加が続く鉄北地区の状況は、児童数の増加はうれしいが、各学校がすし詰め状態にあえぎ「鉄北の学校は満員御礼」と釧路新聞が報道しています。

新川小学校

 写真は、児童数の急増する昭和29年開校の新川小学校です。開校当時の児童数が1000人位でしたが、同37年9月末の児童数2482人、44教室、1教室56.4人の市内で最も児童数が多いマンモス校です。新川地区の児童数の増加に対応して同38年開校の新設校(駒場小学校)が予定されています。鉄北地区の共栄小学校、光陽小学校も新川小学校と同様に児童の増加が予想され、「対応に苦慮している」と釧路新聞が報道しています。

 人口急増と市街地拡大により、白樺、緑ケ岡、愛国に住宅街が誕生し、昭和34年朝陽小学校、同36年清明小学校、同37年新陽小学校、が開校します。

 鉄北の学校は満員御礼の報道は、発展釧路を象徴する記憶を伝えています。

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