その他 蔵の記憶
公開:2026/03/12 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(353)厚生年金体育館開館

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2020.10.5

 昭和30年代の釧路は、人口の急増と市街地拡大により郊外の街並が急速な勢いで変貌を続けています。釧路駅を境界とした鉄北地区は、宅地化が進みますが、同34年釧路赤十字病院が浦見町から新栄町へ移転新築し、釧路江南高校が城山町から光陽町へ移転開校。同35年釧路労災病院が中園町で竣工などにより鉄北地区は、住宅の増加と学校をはじめとする公共機能の高まりから新しい街並が誕生します。

釧路市厚生年金体育館

 写真は、柳町1番地の釧路市厚生年金体育館です。昭和38年5月12日の釧路新聞は、「きのう花々しく開館・近代的な施設誇る釧路市厚生年金体育館」と題して、「シャワー室を備えた更衣室、バスケットボールのコートが3面取れる広いフロアー、収容人員3826名」と道東一を誇る体育館を報道しています。 

 当時、市営の屋内体育館がなく、インドアスポーツの隆盛に対応して開館した市民待望の近代的屋内総合体育館は、「厚生年金体育館」と呼ばれ親しまれます。

 体育館のオープン記念は、東京教育大学の現役体操選手(オリンピック候補選手)の鉄棒、つり輪などの演技披露をはじめ、世界の魔女と呼ばれた日紡貝塚バレーボール選手との交流、屋内競技の全道大会などが開催されました。

 広いフロアーは、演劇、演奏会、成人式、選挙の立会演説会なども開催され、市民生活に最新の文化、社会情報の発信拠点として多くの市民に笑顔と活力を与えています。

 鉄北の新興住宅街に開館した厚生年金体育館は、躍進都市釧路の市勢と活力ある市民生活の記憶を伝えています。

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