伝えたい「蔵」の記憶(349)特急おおぞら登場
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2020.8.31
昭和37年11月6日の釧路新聞は、「十六万人目の釧路子」の見出しで、「住民登録人口十六万人目の市民が誕生、釧路市は名実ともに十六万都市となった」と、戦後の人口の急増が続く釧路市の勢いを伝えています。
市勢の拡大に対応して、昭和36年4月2日北大通り都市改造事業開始、同5月12日釧路空港開設、同12月1日釧路民衆駅開業と、道東の拠点都市として近代都市機能の充実に取り組みます。
釧路は、明治34年の鉄道の開設以来、道東の内陸の鉄道輸送と港の海上輸送を結ぶ拠点として結節点の役割を果たし、市勢拡大の一因となっています。この中で、昭和30年代、当時の国鉄は輸送速度の高速化などを目指す近代化計画を実施し鉄道輸送は転換期を迎えます。

写真は、「あす特急の出発式」を伝える昭和37年9月30日付け釧路新聞の記事です。釧路鉄道管理局史をみると、根室本線滝川─釧路間に同10月1日「特急おおぞら登場~」のタイトルで、「鉄道開業90年を迎えた意義深い年に、北海道の広い山野を特急列車が快走し、青森から東京へは、はつかり、大阪へは、白鳥といずれも特急で結ばれるようになった」と近代化する北海道の鉄道を紹介し、「道東地域の旅客輸送高速化は、『おおぞら』の運行が契機となった」と釧路市史も記述しています。
躍進都市釧路と東京、大阪の大都市を結ぶ特急おおぞらは、1等と食堂各1両、2等車4両の6両編成ですが、都会の雰囲気が車内に漂い新鮮な都会の情報を伝えます。




