その他 蔵の記憶
公開:2026/03/12 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(348)北大通都市改造事業開始

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2020.8.24

 昭和30年代の釧路市は、人口の急増が続く躍進都市から道東の拠点都市としての都市機能の充実に取り組み始めます。

 戦後の釧路市は、鳥取町合併など市勢の急激な拡大に対し、既成市街地よりも郊外の住宅街造成を優先していましたが、「釧路民衆駅開設を契機として北大通りの都市改造事業を決行する事にした」と釧路市史が記述しています。

 釧路民衆駅は、昭和35年10月1日着工し同36年12月3日竣工しますが、北大通都市改造事業も、同36年4月1日に着手します。

北大通り5丁目西側

 写真は、戦前の名残を留める商店街の安本金物店、マルホ肉店、果物の伊藤商店が並ぶ昭和35年の北大通り5丁目西側です。5丁目東側は、戦災から復興した百貨店丸三鶴屋、中山茶紙店、小松金物店が並び北大通り5丁目は釧路のメインストリート・北大通りの中核の街並です。しかし、当時の北大通り商店街について「戦後復興土地区画整理完了後の北大通りの実態は、まことに跛行(はこう)的な街路網であった」と釧路市史に書かれ、商店街の未整備を伝えていますが、「都市には必ず中枢となる点がある、それが北大通である」との市長の基本的な考えも伝えています。

 釧路市の中枢となるための北大通都市改造事業は、主要幹線の整備、駅前広場の造成、地下道造成による全市を一環とする道路機能・宅地利用・排水設備の整備など中枢地域の高度利用と街並の近代化を目指します。

 釧路の中枢の点となる北大通り商店街の不燃化と北大通の拡幅なども実施し、近代化の実現を目指す北大通都市改造事業開始は、活力ある釧路の勢いの記憶として残っています。

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