伝えたい「蔵」の記憶(325)金一館開店
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2020.2.3
釧路駅は、東北海道の拠点都市の玄関口として多くの乗降客で賑わい、駅前には鉄道の時間待ちをする待合所や旅館を中心とする駅前商店に沿線の人々や旅人が集まっていました。戦後は釧路経済の活況と人口増加、昭和24年10月10日の釧路市と鳥取町の合併、鉄北地区への市街地拡大、跨線橋むすび橋架橋と乗降客の増加により駅前商店街は新しい時代に対応して変化を見せています。
戦後復興期の駅前は、逞しく生活を支える露店商の活力に溢れ、その後の生活物資の供給回復により戦前の待合所、旅館の名残を留める商店街は、昭和25年の北海道相互銀行駅前支店開設をはじめ、同24年写真の光画堂、同26年名和生花店、同28年チャンピオンパチンコの開店と新しい賑わいの商店が開店します。

写真は、釧路駅前商店街の賑わい中核となる釧路民衆駅が着工した昭和35年の12月2日に、北大通り13丁西側(現ホテルルートイン)に開店した釧路駅前金市館です。昭和35年9月19日付けの釧路新聞は、民衆駅の開業により一層の賑わいが期待できる北大通り13丁目への出店について「駅前一帯の買収へ金市館交渉」と北大通りでの土地買収の様子を報道しています。
金市館は、札幌に本店を置き道東では北見、網走、帯広に支店を展開する衣料品の専門店で、当時の釧路では初めての外来大型店です。百貨店丸三鶴屋とマルト北村を中心とする北大通り商店街に新鮮な戦略で開店をします。
釧路駅前金市館の開店は、駅前商店街の変貌と北大通り商店街が新しい時代を迎える記憶を伝えています。




