伝えたい「蔵」の記憶(317)坂本ビル完成
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2019.11.18
北大通り4丁目東側の商店街は、昭和20年7月14、15日の空襲により焼け野原になりますが、戦前戦後の北大通り商店街の活況を支えます。
昭和13年頃の住宅地図では、拓殖銀行出張所、栄屋菓子店、野田洋服店、金安時計店、松並商店、サ一村上紙店などの老舗が軒を並べていましたが、戦災により焼失します。焼け野原からの戦後復興に取り組み、同30年頃には、観光マーケット、進藤金物店、足立靴店、金安時計店、丸勝セトモノ店などの商店が並び、戦後の北大通り商店街の復興と発展を支え、戦前をしのぐ商店街となっております。
商品の流通が良くなってきた昭和30年代に入ると北大通り商店街は、同30年のマルト北村の店舗増築、同31年の丸三鶴屋増築が行われ、新しい時代の市民生活の要望に対応するために活力あふれる営業活動が実践されます。

写真は、活況を呈する北大通り4丁目西側に昭和33年10月完成した近代的な地下1階地上5階建ての坂本ビルです。1階と地下はマルカツセトモノ店、2階釧路ガス、大和証券、3階三菱商事、4階日立製作所、5階丸善石油、三井物産など大手商社13社が入居しています。(昭和35年3月27日釧路新聞)
北大通り商店街の鉄筋コンクリートの高層建築物としては戦前戦後を通じて丸三鶴屋以降最初の建物で、北大通り5丁目の6階建ての丸三鶴屋と4丁目の5階建ての坂本ビルが並ぶ北大通り商店街の偉容は、活力あふれる北大通り商店街の近代化を促進させます。
坂本ビルの完成は、躍進釧路が近代的な街並へ向かう記憶です。




