伝えたい「蔵」の記憶(305)末広仲通り
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2019.8.12
昭和30年代の釧路は、北大通り商店街と映画館の集まる末広町、映画館を取り囲む飲食店街の賑わいが躍進都市の活力を伝えています。
昭和31年11月17日の釧路新聞は、末広町の飲食店の状況を「飲み屋大いに繁昌」「独立開業増える」と続々と開業する飲食店事情を報道しています。

写真は、昭和30年頃の末広町の住宅明細図です。クラブ上海、ニュー東宝を中心に小さな飲食店が隙間を埋める様に並んでいます。当時の特色ある通りの一つが、元丸三鶴屋新館の裏通りの「末広仲通り」です。釧路新聞が同31年12月15日掲載した、釧路の歓楽街を紹介する「横丁のぞき」は、同通りについて「小さな飲食店が軒並み並び、『マリモ横丁』『稲荷小路』『見返り小路』に通じる幹線通りで、『ニユー東宝』『クラブ上海』のようなキャバレーが無いが、ゆっくりと盃を傾ける純日本の割烹界の大御所「喜水」「静」が対抗しています」と「末広仲通り」を紹介しています。
昭和20年代後半から安くて気楽に飲めるウイスキーが人気となります。末広仲通りの小路を埋め尽くす小さな飲食街では、「トリス」「オーシャン」「ニッカ」のウイスキーメーカーの名前を付けた安直なバアーが人気を博し小路に洋酒文化を感じさせます。
明細図を見ると、屋台から成長し自慢の味で釧路市民を魅了して満足させたラーメン専門店「銀水」、戦前からの寿司の老舗「八千代本店」、天ぷら、寿しで売り出した「八巻き」、人気の喫茶店「クロンボ」と「プリンス」が賑わいを競っています。
末広仲通りの賑わいは、躍進釧路の記憶です。




