伝えたい「蔵」の記憶(302)増築・増築の丸三鶴屋
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2019.7.22
丸三鶴屋は、昭和25年12月の増築完了により売場面積は戦前規模に復しました。
当時の丸三鶴屋の営業状況を昭和25年11月4日の東北海道新聞は、「丸三デパートの経営内容解剖、客は鋭い批判者」のタイトルで報道しています。「昨年度上半期(同24年3月から8月迄)よりグングン業績を上げ現在(昭和25年)では、売場面積が道内デパート11中10位であるが、売上高は5位の実績を挙げて、同25年度上半期の株主配当が5割、開館20周年記念配当2割と素晴らしい経営内容」と紹介しています。
また、両角克治社長の「お客は常に商品の価値に対する厳正な批判者である」との経営哲学は示唆深い─と伝えています。「丸三ハ品物良ク値段安價」の創業精神を受け継ぎ厳しい経済復興の中での実践を釧路市民も歓迎しています。

写真は、復興北大通り商店街に社旗を揚げた、丸三鶴屋五十年小史に「12月四階増築完了し茲に戦前の規模に復す」と記述している通り復興から躍進へ向かう丸三鶴屋です。
昭和20年代後半は、朝鮮戦争特需により国内経済が回復し、釧路も漁業、石炭、紙パルプの活況により人口が急増し、市民生活も欧米文化の影響を受けて多様化。百貨店は新鮮な商品情報が求められ、顧客サービスの向上の為に売場面積拡大が行われます。
「昭和28年10月本館第1期増築完了、緒施設改良近代的設備に面目一新す。売場面積1140坪、従業員170名、空調、暖房装置、客用11人乗りエレベーター、ガラスブロック外壁」(丸三鶴屋五十年小史)と最新のエレベーター設備と近代的な売場が釧路市民を驚かせます。




