その他 蔵の記憶
公開:2026/03/10 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(272)漁師の鉢巻きと北大通り

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2018.11.5

 昭和27年8月1日釧路市は、伸びゆく釧路市の市制30周年を祝福して記念式典を行います。釧路市の戦後復興は、食糧危機に貢献した水産業とエネルギー政策に対応した石炭産業に支えられて飛躍的な進展を遂げ、道東の中核都市として次代への躍進を約束されます。

 特に水産業の活況は、釧路川を埋め尽くす多くの漁船、錦町岸壁から聞こえる元気な掛け声や魚を満載した馬車、トラックなどの逞しい街中の光景を身近に感じさせ、市民生活に活力を与ます。

 戦後の漁業の記録を見ると、昭和24年8月サバ旋網漁業が未曾有の豊漁(年間水揚げ量、1千万貫)に恵まれます。翌年の25年は釧路市統合年表を見ると、「水産加工場がサバ、サンマ魚粕魚油生産の為活況を呈する」、「全国よりサバ・サンマ漁船が集結する」などと記録されています。サバ・サンマの豊漁に支えられた釧路経済を、サバ・サンマブームと呼ばれています。

昭和27年頃、北大通り2丁目東側の様子

 写真はサバ・サンマブームと呼ばれた昭和27年頃、鉢巻きをした漁師の人達が見える北大通り2丁目東側の様子です。当時の街中の様子について、「漁民は四六時中鉢巻きをしている」、「鉢巻姿の漁師が溢れる時は、商店街、パチンコ店、映画館や飲食店も景気がいい」と釧路魚河岸ものがたり(野坂朔郎著)に記述されています。当時の漁業の活況は、全国各地から来港する外来船と、その乗組員の漁師の人達のおかげです。鉢巻きをした漁師の姿は、漁業の活況が北大通り商店街に活況と活力を与えた記憶です。

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