その他 蔵の記憶
公開:2026/03/09 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(268)交通地獄クシロ

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2018.10.8

 市制30周年を迎えた昭和27年の釧路市は、人口10万4393人を記録し、名実ともに道東の中核都市として復興から活力ある発展へ向っています。

「交通地獄クシロ」の記事

 写真は、昭和27年9月28日の北海道新聞に掲載された「交通地獄クシロ」の記事です、急速な発展と変貌をする釧路の様子を伝えています。道路の舗装工事のため目抜き通りの道路全てが塞がれ、ラッシュアワーになると「渦を巻く人―馬―車」「舗装工事でテンヤワンヤ」と北大通り、南大通りの混乱する交通の現状を報道しています。

 悪路で名高い北大通りを、開発建設部トラックが4㌧の砕石をバラマキ、道路のデコボコのバウンド防止する工事を新聞が報道しています。昭和27年度市勢要覧に記載されている地方費道の舗装率は3.5%です、主要道路の舗装工事は急務の様です。

 舗装工事の状況を見ると、開発建設部は北大通り1丁目~6丁目、黒金町、寿町。土木現業所は南大通り1丁目~5丁目、北大通り千秋庵前から駅前。釧路市土木課は末広町、大町、米町。これらの舗装工事の全てが12月中までの完了へ進められています。

 北大通り、末広町、南大通りなど市内の主要道路全てが舗装工事で寸断されているため、道路幅の狭い裏通りがバス、トラック、馬車、人の交通路となり渋滞が深刻化します。市民の交通道徳欠如、子供の路上の遊びなどにより交通事故が多発し、市民生活に影響を与えています。

 交通地獄クシロは、主要産業の活況による人口の急増、市街地拡大、初期のモータリゼーション進展などによる市民生活の変革期の記憶です。

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