その他 蔵の記憶
公開:2026/03/09 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(246)パラダイスの広告

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2018.3.26

 戦後の国民生活の安定を図るために実施された物価統制令は、経済復興が進むにつれ昭和24年頃から徐々に解除され商品の流通が多くなります。同25年には衣料切符が廃止され自由な商売が出来る様になりました。

昭和25年の広告

 写真は、自由経済が感じられるようになった昭和25年1月7日の北海道新聞に掲載された広告です。広告は、戦後復興を支える三井、三菱、太平洋などの北海道の主要炭砿に、〝超特別興行〟「ターザンの怒り」、長谷川一夫主演「甲賀屋敷」の正月映画、初荷開きの丸三鶴屋、佐藤毛織物店ほかパラダイスの飲食店、衣服店、書店など30店の店名が並んでいます。

 パラダイスは、物資の統制が続く昭和22年7月に焼け野原の末広町3丁目(現稲荷小路付近)に建設され、中央に広場のある市内初のマーケットとして釧路市民の人気を博していました。

 30店の店名が並んだ小さなパラダイスの広告は、焼跡から戦後の混乱期に創業した先人の力強さを感じます。広告は、商売繁盛の大福帳と干支の虎をデザインし「パラダイス維持会、会長浅川正敏」も見られます。維持会がどのような役割を果たしたのか分かりませんが、会員が協力して厳しい時代に挑戦していた様です。

 店の様子を見ると、雑誌・書籍を扱う山下商店、明文堂、食糧品雑貨の松竹屋と、畑衣服店、呉服の湊屋衣服店など衣料品店が6店、他は焼き鳥、おでん、寿司、大衆食堂、甘味処の本家びっくりぜんざいの岡女庵、びっくり焼が見られます。

 パラダイスの広告は、戦後の市民生活に潤と憩いを与えた小さな商店街の記憶です。

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