その他 蔵の記憶
公開:2026/03/08 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(237)衣料切符

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2017.12.18

 昭和24年の市民生活は、衣食住が好転し始めて男性の国民服、兵隊靴、女性のモンペスタイルが少なくなり、日本経済が新しい時代へ変わる年でした。しかし戦後の急速なインフレーション対策から急転してデフレ政策が実施されて中小企業の倒産多発、国鉄大規模人員整理などドッジライン不況により景気が低迷し混乱が続きます。

 昭和24年の釧路の景況は、景気の低迷により 市民の購買意欲が低下し、小売店の売上減少により「金詰りが続く」と道東戦後40年史が伝えています。

丸ト北村呉服の衣料品特売広告

 写真は、昭和24年7月10日の北海道新聞に掲載された、当時の厳しい市民生活と商況を伝える丸ト北村呉服の衣料品特売広告です。広告を見ると、「子供カンタン服マル公 380円ノ品特価280円6点」と表示しています。マル公は、価格等統制令により決められた公定価格のですが、公定価格を値引きした特別価格を設定しています。6点は、衣料品購入際に必要な衣料切符の点数です。

 衣料品の流通が良くなったようで、「交織、織物一切衣料切符要リマセン」「点数ナシ」の記載も見られます。広告に表示された衣料切符の制度は、お金があっても衣料切符が無ければ洋服、肌着などの衣料品の購入が出来ないという戦前戦後の厳しい衣料品統制を伝える制度です。

 丸ト北村呉服の広告は、売上不振が続く不況対策と、戦前戦後の衣料切符に象徴される統制経済から自由経済へ変わる北大通り商店街の変革を伝えています。

 衣料切符は、戦前戦後の厳しい市民生活と商店街の記憶を伝えていますが、昭和26年廃止されます。

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