その他 蔵の記憶
公開:2026/03/08 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(230)ツルヤシネマ

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2017.10.16

 昭和20年12月26日の北海道新聞に釧路劇場と日活館の映画広告が掲載されています。広告は、「凄い人気」「全部新作でハリキリ」など元気溢れる宣伝です。日活館は南大通2丁目ですが、釧路劇場は末広町3丁目1番で、同20年7月14、15日の釧路空襲により焼け野原となった末広町に再建されました。恵比寿座、八千代座、オペラ館とカフェー、飲食店が並んだ戦前の街並の復興の一歩です。

 昭和21年4月18日の北海道新聞に「鶴屋3階に映画小劇場を開設」の記事が掲載されました。戦災の被害を受けた店舗を整理して、文化映画とニュース専門の文化シネマを開設する、収容人員は100名、入場料50銭、毎日昼間開演。「新しい時代の文化を支え良心的に営業をしたい」と開設の抱負を報道しています。食糧危機、生活物資の不足の混乱が続く時代の百貨店の新たな顧客サービスです。

「幸運の仲間」のポスター

 映画館は、ツルヤシネマと呼ばれ、2階と3階に開設され、それぞれ違う映画が上映され、2軒の映画館が丸三鶴屋に誕生します。写真は、昭和22年8月10日ツルヤシネマで上映された「幸運の仲間」のポスターです。主演は日本の喜劇王と呼ばれた榎本健一で、エノケンとも呼ばれ古川ロッパと共に全国に笑いを届けています。ツルヤシネマは、復興へ取り組む市民の笑いと憩いの場です。

 昭和23年4月8日「新装なった2階売場本日開店」の広告が北海道新聞に掲載され、ツルヤシネマは3階の1館になります。

 ツルヤシネマは、戦後の混乱期に復興へ挑戦する市民と百貨店の記憶の映画館です。

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