伝えたい「蔵」の記憶(177)字名地番改正
2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。
2016.7.25
釧路市は、大正11年8月1日市制が施行され昭和7年に市制10周年を迎え、記念事業として次代の釧路の躍進を願望し字名地番改正を実施します。字名地番改正は、明治33年就任の初代町長白石義郎氏以来の懸案事項であり人口の急増、市街地拡大が続く中で明治、大正、昭和と何度も計画検討された案件です。

写真は、市制10周年記念アルバムに掲載された壮麗な4代目幣舞橋と、南橋詰に現在の釧路信用金庫の前身の釧路信用組合、商工会議所が並び近代的都市へ発展する釧路の自慢の光景ですが、字名地番改正は、大釧路建設の基礎を築き次代の躍進を後世へ託す事業でした。
字地番改正要旨を要約しますと、「地名は漁村時代の其のままを踏襲し六個の町名の冠に大字を附したが、字界の不統制、地番の錯綜があり新たに五十区に分ち何町また何通とし…新に命名し、各丁目並に地番は幣舞橋に最も近きを其の始発点と定め地番は区毎に循環式を以て決定…」(釧路郷土史考)と事業への先人の思いが伝わります。
釧路郷土史考では、市内を河南部(現橋南)25町、河北部(現橋北)19町、湖東部(現春採)6町の計50町の町名の命名由来、街並み現況と将来が記載されています。
字名地番改正により誕生した町は、釧路の戦前の苦難と活況の記憶を伝えています。




