その他 蔵の記憶
公開:2026/03/06 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(166)丸三鶴屋

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2016.5.2

 昭和初期の西幣舞の街並みは、鉄道と釧路港の結節点の役割を果たす道東の拠点都市釧路の中心市街地として瓦屋根、土蔵造り店舗が並び、近代的な文化を伝えるトンガリ屋根の小松金物店、ドーム型の屋根の拓殖銀行西幣舞出所が見られ大きく変貌しています。

 昭和5年9月25日西幣舞橋通り(現北大通)に道東で最初のデパート丸三鶴屋が開業します。近代的な鉄筋コンクリート3階建の1階正面にショーウインドウを備え、暖房設備と水洗トイレを備えた店舗は、新しい時代の文化を伝え、西幣舞商店街の核店舗として市民から歓迎されます。因みに北海道の最初のデパートは、今井籐七が大正10年札幌に開店した丸井今井です。

丸三鶴屋

 丸三鶴屋の創業は、明治39年10月3日真砂町58番地(現南大通7丁目)両角栄治さんが丸三越後屋を開業し後に丸三両角呉服店と改称します。昭和5年9月創業25周年に当たり丸三両角呉服店の小売りを継承して株式会社丸三鶴屋を設立します。資本金50万円、従業員130名道東唯一の百貨店として「全く旧殻を脱す」と述べています。(丸三鶴屋50年小史)両角栄治さんの「薄利誠実」をモットーとした経営理念で挑戦する、新しい時代の百貨店経営への強い決意が感じられます。

 丸三鶴屋の西幣舞での開店は、殷賑を極めた橋南方面の衰退に反し橋北の発展を加速させます。西幣舞通りは、丸三鶴屋を核店舗として釧路の中心商店街として活況を呈し釧路市民の生活文化向上を支えます。

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