その他 蔵の記憶
公開:2026/03/06 更新:2026/04/23

伝えたい「蔵」の記憶(163)幣舞橋上流の埋め立て

2012年から釧路新聞・文化欄で連載された木村浩章さんの「伝えたい「蔵」の記憶」を全回数分デジタル掲載します。屋号などの特殊文字については仮名表記に修正。見出し、本文、写真につきましては掲載当時のままとさせていただきます。

2016.4.4

 橋北地区の西幣舞は、大正8年に林田則友町長の施政下でまとめられた、釧路町施設事業計画案の、幹線道路の拡幅、水道、治水、永久橋などの都市基盤整備が実施されます。

 そして昭和初期の西幣舞は、市勢の拡大、防災、水道、4代目幣舞橋架橋などの完成により急速に中心市街地化が進み街並みが大きく変貌します。

幣舞橋上流の埋め立て

 写真は、昭和5年ごろの「消防本部鉄搭上ヨリ西幣町展望」と題した絵葉書です。現在の末広町1丁目付近の釧路川河畔埋立工事を、昭和4年11月に幣舞橋北橋詰に竣工した消防本部の望楼から見た光景です。

 釧路川河畔の埋立工事は、「昭和3年9月幣舞橋上流釧路川両岸に市営事業を以て総工費50万円、2万9668坪の埋立工事を起せり」と釧路郷土史考に記載されています。昭和3年10月に竣工した4代目幣舞橋の長さは113.4㍍と短いため、釧路川の右岸を54.1㍍、左岸も34.1㍍の幅で埋め立てして完成しますので、橋の完成と同時に埋立工事が着工しました。

 埋立工事中の昭和5年ごろの市街地地図を見ますと、現在の末広町、栄町、川上町に河畔埋め立て地、氷倉庫、本間開魚干場、立野材木置場が見られます。空き地も多くみられますが、直ぐ側に恵比寿座、八千代座、キャピタル本店、ライオン本店が並び繁華街が迫る発展途上の市街地の光景です。

 河岸の埋立計画は、大正8年に作成された釧路町施設事業計画の案件ですが、躍進釧路を願う先人の夢と活力を伝えています。

 交通の要鉄橋幣舞橋と市街地拡大に対応する河畔埋立地は、釧路の中心市街地となる西幣舞躍進の原動力となります。

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